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2011/08/12 (Fri)

ラジオでこんなプロジェクトを紹介していました。

» 2011年東日本大震災デジタルアーカイブ

3・11のその時、Twitter、Facebook、ラジオ、youtube、
あるいは企業や政府や学校のサイトなり個人間でのEメールなりで やりとりされた膨大な情報の交換交錯。
これを収集してアーカイブ化しようという計画だという。

(サイトより)
私たちが目指すのは、震災に関するデジタル情報を可能な限り多く収集・保存し、皆様にご利用頂ける形にすることで、この一連の出来事やその影響を学問的に研究・分析できる場を整えることにあります。保存された記録が震災についての直接的な資料として短期的にお役に立つだけでなく、2011年3月11日に起きたこと、そしてそれが日本と世界にもたらしたものを、研究者が将来理解できるため長期的に意味あるものにできますよう願っています。
このアーカイブが積極的に探しているのは、日本語・英語・中国語・韓国語で書かれた3月11日の震災に関するありとあらゆる資料であり、その中には震災後の復興についての解説や記録も含まれます。地域の、日本の、そして世界の人々が何を感じ、どう振る舞ったのかが記されている資料もその対象となります。


とのことで、個々人や団体からも資料の投稿を呼びかけています。
これすごいなあ。企業のお知らせとか、個人でもブログ記事とかは、比較的後々まで残っているものもあるけれど、Twitter・メールのような短く多発の情報(でもってこれが一番生々しい)ってそのまま流れて消えてしまうのがほとんどだと思っていたから、これができあがったらすごいだろうなあ。ニュースを聞き、スカイプしつつ、横目でメーリスをチェック..そんな臨場感を多少なり追認できるかもしれない。

(追記)
j-waveより


「2011年 東日本大震災デジタル・アーカイブ」。
それは、どんなプロジェクトなのか?
先月の終わり、来日されていた、テオドル・ベスター博士に伺いました。

3月14日か15日からだったと思います。ハーバード大学の中で、Japan's Disasters of 2011 Digital Archiveという、オンライン上のアーカイブを作るプロジェクトが始まりました。
これは東北地方で起きた地震、津波、原発の事故にまつわるインターネット上の証言、映像を可能な限り集め、インターネット上にまとめて保存するというものです。その目的は、震災が起きたその時、人々はどこで何を見て、何を思ったのか? 将来 ハーバード大学の研究者、学生、そして全ての人がこのアーカイブを見て、聴いて、読んで 共有することができるようにするためです。


東日本大震災が発生したそのとき、ベスター博士は、アメリカ、マサチューセツ州の自宅にいました。
アメリカ東海岸は深夜。日本が震災に見舞われたことを知ったのは、翌朝のことでした。

延べ8年間、日本で暮らしたことのあるベスター博士は震災から数日後……

最初は、我々ハーバード大学の仲間うちでの情報収集のためでした。

震災の事態を把握したいのに、当初は情報があまりなかったんです。なので、お互いにEメールで情報交換をしていたんです。「仙台の友人と連絡がとれたよ」「今東京の友人からメールがあって、東京はこんな状況だって。そのメールを転送するね」といったように。そうして知り合い同士で情報交換するうちに、こうした情報はとても貴重なのに「このままでは消え去ってしまう」と思ったんです。
読んだEメールは削除してしまいますし、YouTubeの動画だって必ずしも保存しないでしょう。

インターネットで交わされる情報を、それが消え去る前に、広く集めること。

ウェブサイトだけでなく、FacebookやTwitterなどのソーシャル・メディアについて。さらに、日本だけでなく、アジアの近隣諸国まで含めてアーカイブにしたい。
プロジェクトの方向は定まりました。

「震災のあと、インターネットで交わされたさまざまな情報を残していこう」というプロジェクト。
スタートしてからおよそ5ヶ月になります。

いつまで続けるか、今のところ、このプロジェクトに終わりはないんです。

できるだけ長きにわたって情報を集めるつもりです。さしあたり、情報収集に特に力を入れているのは、救助活動、ボランティア活動、被災地のコミュニティーにおける再建への動きに関するものです。ほかにも、日本政府のエネルギー政策に関する情報、それに対する国民の意見、考えなども集めています。


刻々と変化する状況。発信される膨大な情報。
さまざまな声が発する、深い悩みと希望の光を求める祈り。
「できる限り多くのものをアーカイブとして残したい」。
ベスター博士はそう語ります。

3月11日の出来事は、日本の社会を大きく変える一大事件として歴史に残る。このアーカイブ・プロジェクトに関わっている者は、そう捉えています。
少なくとも私が生まれてから最も大きな日本での事件です。

震災に関するデジタルコミュニケーションをできるだけ残すことが、なぜそれほど重要なのか?それは、今回の震災が今の世の中だけでなく、「今後、何十年先になっても重大な出来事として残る」と考えるからです。この先、振り返ったとき、日本がどのように震災から再建へと向かっていったのかを理解するうえで、震災直後の証言があればあるほど役に立つんです。

アメリカハーバード大学のテオドル・ベスター博士。
かつて長く日本に暮らし、日本を愛する博士に最後に伺いました。
「2011年東日本大震災デジタル・アーカイブ」このプロジェクトにかける想いとは?

どんなコミュニケーションでも、それを知ることは大きな意味を持っています。

J-WAVEが3月11日、12日、13日、14日、ラジオを聴いているリスナーに語りかけたこと。ラジオ局として震災をどう受け止め、伝えたのか、知ることができます。「パニックに陥らないで、落ち着いて。今の状況はこうなっています」みなさん、こんな言葉が必要だったはずです。今は、さして何も思わなかったとしても、将来知りたくなると思うんです。「あのときみんなは何を考えていたんだろう?どんなことを話したんだろう?どんなことに不安を感じていたんだろう?」って。

将来、我々の作っているアーカイブにアクセスした人に「震災のとき、そんなことを考えていたんだ、そんな風に受け止めたんだ。そんな心配もあったんだ」と知ってもらえることを願っています。


そのとき、人は何を思い、何を伝えたのか?
大いに役立ったもの、あるいは 残念ながら機能しなかったもの。
デジタル・アーカイブは現在進行中。
そこから導かれた智恵が、未来の世界をより明るく照らすことを願って。

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