モグラのようにモグりつつ//
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2006/05/23 (Tue) Aだ、もしくはAでない

本屋に行くと、下のような題の本が増えたなあと思います。
「~~できる人とできない人」
「~~な人と~~(その反対の)人」
「頭が良い人の~~のやり方」・・・
最近落ち着いてきたけれど、「~~の勝ち組」、「負け組」とついたものもすごかったですね。


世の中何々かそうでないかだけで判断できたら、どんなに楽でしょう。
この人はどんな人だ。頭の良い人です。
その人はどんな人だ。仕事のできない人です。
一言だけで説明がつきます。実に効率的で、わかりやすくて、そして機械的です。
ああでこうでと特徴を長々と言う必要もなし、言葉を選ぶ必要もありません。

人間に限った事ではありませんが、AかBか、対極にある関係だけで規定できれば物事は非常にわかりやすいのです。
この人は私に優しいのです。あの人は優しくないのです。
あの国の料理は美味しいです。この国のは美味しくありません。
この人々は私の味方です。その人々は私の敵です。
そこはとても安全です。あそこはたいそう危険です。


でも私はこの方式が嫌いです。わかりやす過ぎると思うからです。両極的であることは、説明するにも有効ですが、その中間はないのです。


AかAでないか、の図式では、すべてを二択でしか表せません。その間に中間があったとしてもです。表せないこともあれば表さないこともあります。提示されるのは二択だけで、中間は示されずに消えてしまいます。


どちらかを簡単に選べるものでしょうか。そうひとくくりにできるのでしょうか。場合によって変わることはないでしょうか。どちらともいえない、は駄目なのでしょうか。
駄目だともし言うのなら、それはどうして駄目なんでしょう。


そもそもAだと決めるのに、何をもって決めるのか。
頭が良いというのなら、頭が良いとはどういうことか。
学歴でしょうか、頭の回転が早いのでしょうか、抜け目がないということか、人の心を読み取れることでしょうか。
AかBかを決めるのに、ある人はAだと言うのに、別の人はBと言うかもしれません。
2人がAだと言っていても、その根拠は違うかもしれません。


二極化なんて、そう簡単にできるものじゃないと思います。それができれば簡単です。でも実際世の中がそう簡単なものとは思えません。無理に二択で表せば、ズレが生じます。中間が無視され、ないことにされます。二択の見方にとらわれて、それ以外の見方考え方に気づかなくなります。まるでそれしかないように思い込んで。


勝ち負けを決めるにしても、何を勝ちとして負けとするかなんて、人それぞれに違うはずではないでしょうか。
好みも違うはずです。環境も違うはずです。夢も、皆がまるきり同じ夢をいだいているとしたらぞっとします。同じ人間は、いないのですから。何をもって勝ちとするのかだってそうのはずなのに、誰かが思う「勝ち」「負け」を、鵜呑みに受け入れているのはなぜなのか。

それを探すのが、こわいか、面倒なのかもしれません。

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